デンマーク映画 「わたしの叔父さん」 ONKEL

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私の叔父さん

デンマークの農村で酪農を営む叔父と姪の生活を淡々と描いている.

監督は若手のフラレ・ピーダセン.この映画で北欧,日本の映画祭でいくつかの賞を受賞している.姪のクリスは,足の不自由な叔父と二人で暮らしている.クリスの両親はどうやら自殺し,長年叔父が彼女を育ててきたようだ.しかし,今では足の不自由な叔父を支えながら,二人で牛舎の牛の世話をし,広大な畑でエサとなる麦の栽培をしている.クリスは高校を卒業後大学の獣医学科に合格していたが,叔父を置いて家を出られず,二人で暮らしている.時々牛舎に訪れる獣医師は,彼女の優秀さを知り,自分の助手にならないかと誘い,獣医学の教科書を貸したりしている.クリスを演じるイェデ・スナゴーは,透明な美しさをもった女優.実生活でも獣医師の資格をもっているようだ.叔父は気難しそうな人物だ.叔父が起きるときに,クリスは服を着せるため介助している.しかし,仲が悪いわけではない.二人で食事し,叔父の運転でスーパーに買い物に行く.

食事の時,叔父はテレビのニュースを見ている.そこでは移民問題などが報じられている.彼女は食事中いつも本を読んでいる.彼女は携帯をもっていないし,家にPCもないようだ.社会から隔絶されている.このような日常を淡々と描いている.監督のフラレ・ピーダセンは日本の小津安二郎の影響が受けているようだ.しかし,何も事件が起きないわけでない.教会で出会った青年と恋に落ちるし,獣医師から携帯をもらい,青年と連絡をとったりする.また,獣医師がコペンハーゲンの大学で講演するとき,誘われ泊りがけでコペンハーゲンに向かうが,その間に叔父は牛舎で転倒して病院に搬送される.彼女はすぐに病院に戻り,叔父に付き添う.見舞いに訪れた青年の何気ないことばに傷つき,青年とは別れ,携帯も教科書も獣医師に返却し,再びもとの静かな生活が始まる.フェミニズム的視点なら,彼女は叔父との生活を捨て,自分の人生を歩むのかなと思う.でも彼女と叔父は,信頼関係があり,叔父は彼女の人生を妨げようとは思っていない.自分の人生を歩めばいいと思っていることが分かる.広大な平原が広がる農村で,牛を世話しながら生きる二人は,競争とか効率とか重視する社会とおよそ反対の人生だ.落ち着いた気持ちで見ることができた.

 

狩蜂と送粉 ノブドウとツチバチの関係について

 

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開花した植物の花の花粉の多くは,昆虫たちによりめしべに運ばれ,受粉し結実する.虫媒花である.とりわけミツバチ,マルハナバチなどのハナバチ(Bee)は,花粉を運ぶ重要な送粉者である.ハチには,ハナバチ以外に,ハバチ,ヒメバチなど寄生バチ,そして獲物を狩るスズメバチアシナガバチなどの狩蜂(Hunting-wasp)などが存在する.この狩蜂と植物との関係は,あまり注目されていなかったが,南アフリカのJohnsonらが,多くの精力的な研究を行い,クモバチ(旧名ベッコウバチ)などと植物の花との特異な関係を明らかにしてきた.今回ドイツの植物学の学術誌Floraにブドウ科ノブドウと狩蜂の関係を研究した論文が掲載された.

 野外で観察していると,多くのスズメバチアシナガバチが訪花する植物がある.例えば校庭に植栽されたトウダイグサ科外来種の樹木ナンキンハゼの花には,初夏に多くの狩蜂が訪れるのを教室から見ることができた.ウコギ科のヤツデの花にも初冬にスズメバチが訪花するのが印象に残っている.彼らは,何をしているのだろうか?蜜を獲得しているだけの盗蜜者なのだろうか?あるいは送粉者として機能しているのだろうかと長年興味をもっていた.六甲山麓の筆者の自宅のフエンスには以前からブドウ科のつる性のノブドウが生育し,初夏に多数の花序を形成し,多数のスズメバチアシナガバチ,ドロバチ,ツチバチなどが訪花していた.そこでこれら狩蜂はノブドウの送粉者として,重要ではないかと考えて2014年,19年に六甲山麓の8地点に調査場所を設定して,開花期間中の6月から7月に訪花昆虫をすべて記録した.また採集し種名を確認するとともに,双眼実態顕微鏡で昆虫の体に付着する花粉存在を調べた.

 その結果,非常に多様な4目    種以上の昆虫が訪花していた.狩蜂はハナバチより個体数は多く,すべての地点でツチバチ科のキオビツチバチの個体数が最も多かった.スズメバチ科のスズメバチアシナガバチ,ドロバチの仲間も個体数は多かったが,体にはほとんど花粉は付着していなかった.多量のノブドウの花粉を体に付着している昆虫は限られていて,ツチバチ科のキオビツチバチ,コハナバチ,ヒメハナバチの仲間であり,これらが有効な送粉者と思われた.また,ツチバチの口吻には多量の花粉が付着しているものが多く,蜜以外に花粉を採餌していることを示していた.ミツバチ(二ホン,セイヨウ)の訪花も多かったが,花粉の付着する個体の割合は多くなく,ツチバチ,コハナバチ,ヒメハナバチに比べて有効な送粉者とは思われなかった.その他,ハエ類の訪花も多かったが,有効な送粉者ではなかった.

つまり,ノブドウは多様な昆虫が訪花するジネラリスト的な花と思われたが,

送粉者としては特定のツチバチ,ハナバチに依存しているようだった.彼らの口吻は,ミツバチなどに比べ,短く短舌型の昆虫である.ノブドウの花は花序を形成する小さな緑色の花が集合し,短舌型の昆虫が容易に蜜を採餌できる形態である. このような花をopen flowerという.短舌型のツチバチ,ハナバチはopen flowerに

機能的に特殊化した昆虫と見なすことができるようだ.しかし,短舌型のスズメバチ科のハチたちの体にはほとんど花粉は付着せず,彼らは,送粉者ではなく,盗蜜者であり,時にコガタスズメバチは,ノブドウの葉を食害するマメコガネを捕食していた.

ノブドウの花は人間の鼻には匂いは感じなかった.つまり彼らは匂いではなく花の色,形態に誘引されているのかもしれない.イギリスのOllertonらはノブドウ同様open flowerをもつウコギ科のアイビーの花(日本で開花は見たことがないが,キヅタがその傾向を示すかもしれない)の重要な送粉者はクロスズメバチの仲間であり,その花には特異な匂いがあるらしい.そして両者は機能的な特殊化を示していると報告している.ノブドウ,アイビーなどの例から緑色の目立たない個花をもつ花序を形成する植物は,短舌型のハナバチとの関係は強くなく,一般には送粉者として認識されていないツチバチ,スズメバチの仲間と強い関係をもっていることを示唆しているようだ.しかし,予想と異なり短舌型のスズメバチ科のハチたちは,ノブドウでは訪花個体数も多かったが送粉者ではなかった.彼らは盗蜜者であるが,植物の食害者の捕食者でもあり,彼らは植物にとって一定の利益があるのかもしれない.

 

 

 

 

 

 

春の東六甲の植物と昆虫たち

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季節は急速に春に移り変わって行く.街ではサクラは終わりに近づいたが,東六甲の山を歩くと,雑木林の新緑と花が美しい.甲山北側の鷲林寺から山に入る.この近くには修道院もあり,広大な常緑の森が存在する.鷲林寺は,真言宗の寺で塔もあり,歴史のある立派な寺院だ.寺の横の「せせらぎの道」と言われる谷沿いを歩いてみる.途中修験道の山伏が修行する滝がある.この谷筋は常緑の広葉樹林だが,アカマツヤマザクラタムシバ,コナラなどが点在している.ヤマザクラタムシバ,コバノミツバツツジの花が美しい.林床のやや薄暗いところにスミレのなかまも点在する.林床では,ビロードツリアブが地表をゆっくり飛翔していた.おそらく寄主を探索しているのだろう.雌はヒメハナバチの幼虫に産卵する外部寄生者らしい.本種の寄主についてしばらくGoogle scholarを調べたが詳細は分からなった.ビロードツリアブが飛翔するのを見ると春が来たことを感じる.成虫越冬したテングチョウもせわしなく飛翔している.谷筋をしばらく詰めると,奥池までの明るい低木林の下り坂となる(写真).途中黄色の小さな花を多数つける落葉低木が目に付く.クスノキ科のクロモジかアブラチャンだろうか.開花は葉の展開よりやや早そうだ.どのような昆虫が訪花するのだろうか?谷にはおそらく逆瀬川に流れ込む渓流があり,一部湿地を形成している.カエルが早くも鳴いている.初夏に湿地の植物,動物を観察するため,また来ようと思う.奥池からはバスで山を下った.天候も良く,快適な春の山旅だった.

感染症とニュートン

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 2月末から始まったコロナ禍による「籠の鳥状態」が取り合えず終わろうとしている.この3か月は一体何だったんだろうと思う.この際感染症について少し学ぼうと思い,のこのこ開店しているジュンク堂をさがし,岩波新書山本太郎著「感染症と文明」を購入.ペスト,麻疹など感染症が,如何に人類に影響を与えたか進化生物学的な視点で記述している.興味深い.感染症と人類について考える際に,非常に分かりやすい著作だと思う.面白いのはイギリスの物理学者ニュートンの逸話だ.先日の朝日新聞のコラムにも書かれていたが,当時ペストが大流行したイギリスで,ケンブリッジ大学の学生だったニュートンは,感染を避けるため故郷のイングランド東部の寒村ウールスソープに疎開し,そこで毎日ぼんやりと過ごすうちに,万有引力の法則,微積分法などの基礎的な発見をしたらしい.感染症から逃げて,彼は人とは交流はできないが,ゆっくりと思索し,文献を読んでいたのだろう.その時彼は幸い奨学金も貰っていたようだ.後年偉大な科学者となったニュートンは,ロバートフックなど科学者を攻撃して,王立協会を支配しようと問題のある人物らしいが,面白い逸話だと思う.

自分のことを振り返ると,この3か月ほど,この数年六甲山麓で観察した花に集まる訪花昆虫のデータをどう整理するかを考えていた.イギリスのOllertonらのかなり論文も読めたし,少し先が見えてきた感じはする.幸い感染は免れ,セミリタイアの身分で,食べて行くことは何とかなる.飲食店などを経営する自営業の方に比べて幸運だったと思う.

手元にあった感染症に関わる本を探すと長谷川真理子著「ヒトはなぜ病気になるのか」,

ジャレット・ダアモンド著「銃・病原菌・鉄」があった.我々人類が文明を形成した時から,感染症との戦いを続けてきたことがよく分かる.人類が未開の森林を開発し,平野で農耕を開始し,定住し家畜を利用した.その時動物と共生していた細菌,ウイルスと人類が遭遇し,免疫を持たない人類は生存を脅かされていたのだ.山本によるとSARSウイルスは消滅したらしい.今人類以外の動物とどこかでひっそりと共生しているのだろうか.今回のコロナウイルスは,新しい宿主のヒトに巧みに適応したウイルスなのかもしれない.毒性が強すぎて宿主が絶滅するのは,ウイルスにとって適応的ではない.新しいコロナウイルスは感染収束後も,インフルエンザウイルス同様ヒト社会に巧みに生き残るのだろう.

写真は庭のフェンスのヤマブドウの開花の様子.今年は開花数が多く,訪花昆虫もよく目に付く.スズメバチ,ハキリバチなどを目撃した.

 

 

 

 

 

 

三浦しをん  「愛なき世界」について    

 三浦しをん さんの「愛なき世界」(中央公論新社)を夏前に読んでみた.簡単な紹介を頼まれ,ネット上には公開されtていないので,少し修正して公開します.三浦さんの本は,前から気になっていて,読んでみると面白かったです.

 東京本郷にあるT大理学部大学院で植物(シロイヌナズナ)を愛し,その葉の形態を決定する遺伝子について研究に没頭する理系女子,本村と大学近くの洋食屋のコック藤丸の彼女への片思いをほのぼのと描く.彼女の研究室のミステリアスな指導教官松田も登場し,謎解きの面白さもあり,料理のレシピについても丁寧に語られる.タイトルの重さとは異なり,一気に最後まで読めてしまう.文系の作者が東大理学部塚谷博士(植物の遺伝子の専門家)に入念に取材し,理系研究室の様子もよく分かり,分子レベルの生物学の解説書としても読める,日本植物学会の特別賞を受賞した作品.文学好き以外に理系大学院進学希望者にもお薦めの一冊か.

 

 

東六甲山麓の冬の雑木林の散策 ウコギ科の植物など

 東六甲山麓の市街地に近いところに保安林があり,そのためその地域の開発は進んでいない.さらに国交省がその地域の一部を生物の多様性を高めることと災害防止のため,アカメガシワなどを伐採し,コナラなど落葉樹を植栽している.年末から東六甲山麓の森をいくつか歩いている.新年晴天の3日にこの保安林を歩いてみた.こ



の地域の山側は,以前背の低いアカマツなどが散在する高原状の斜面に,湧水による池が点在し,オイカワなどの魚も生息していた.夏に泳ぎに行ったこともあるが,今では池はすべて消滅し,住宅や学校の敷地に変わっている.
 林内に入ると,クスノキなどの常緑樹が優占し,暗い.夏には藪となり,歩きにくいが今なら気持ちよく歩ける.林内には所々,低木のナンテン(メギ科),マンリョウヤブコウジ科)の赤い果実が目に付く.また,ヒメユズリハユズリハ科)の実生がかなり目に付く.これらは鳥に散布されたのだろう.ヒメユズリハは神社ではかなりの高木になるが,耐陰性があり実生は暗い林床でも成長するのだろう.また,ウコギ科のヤツデが点々と目に付き,冬でも開花している.秋の終わりに,開花しハエなどが多く訪花し,結実するのだろうか.ウコギ科には,カクレミノという変わった形の葉をもつ低木がある.特に希少な種ではないが,ヤツデほど分布は広くない.どちらも,常緑で,照葉樹林などのやや暗い林内に分布する低木で,カクレミノが見られるところでは,ヤツデは必ず見られ,そこではヤツデの個体数は多い.その反対はないようだ.保安林の南端では,タヌキだろうか.果実か種子を多数含んだ糞を見つけた.薄茶色の果実?はセンダン(センダン科)だろうか.センダンは冬にヒヨドリが果実を一斉に持ち去るのを観察したことがある.哺乳類も種子散布に貢献しているのかもしれない.冬場普段あまり歩かない常緑樹の林を歩くのも結構面白かった.

東六甲山麓のシナアブラギリなど

昨日仕事が休みで,天気も良いので東六甲山麓を歩いてみる.夙川上流の橋の上から,以前から気になっていた高木のシナアブラギリ(Aleurites fordil)の果実が目に付く.やや赤く色づき,遠目にはリンゴかカキに見える.シナアブラギリは種子から油を取るため中国から持ち込まれたトウダイグサ科に属する外来種である.夙川上流のこの河原には群落をつくり,春には大型の白色の花が咲き,結構目立つ.数年前少し上流の植物園の川沿いに花を下から観察していると,ハナムグリの仲間がかなり訪花しているのを見たことがある.葉には花外蜜腺があり,5月ごろウメマツオオアリが来ていた.野生化して各地に見られるのは鳥が散布しているのだろう.
その後,北山植物園を経て北山ダム,甲山に向かう.この植物園は,近場にあり無料で入園できるし,花を見ながらぶらつき弁当をもって晴れた日に来るのに適している.図書館もあり,植物について調べることができる.
 久しぶりに甲山の山頂に上がる.山頂まで上がるのはおそらく子供時代からないと思う.おぼろげな記憶では,当時甲山は草山で,秋にリンドウが咲いていたと思う.今では秋に野山を歩いてもリンドウを見ることはない.草原の消失と関係があるのだろう.甲山の植生はコナラなどの雑木林に遷移している.山頂だけは,樹木を伐採し,草原が維持されている.コナラの林は,キクイムシに攻撃されたのか,かなり枯れている.急な坂を下ると,神呪寺に出て,更に甲陽園の住宅街を下ると,阪急甲陽園駅に出る.手ごろなハイキングコースである.写真はシナアブラギリの果実の断面と色づいた果実