水生寄生蜂の寄主探索行動  論文受理までの経過を含めて考えたこと

先日イギリスのJournal of Natural Historyという動物の学術誌にぼくが執筆した水中で寄主を探索するヒメバチの仲間Apsilops japonicus Yoshida et al.の寄主探索行動をまとめた論文が掲載された(Hirayama et al. 2014).神戸女学院大学の平山さんと2009年に三田市内北部のため池での野外調査と大学の実験室で水槽を用いて蜂の寄主探索行動をDVDカメラで撮影し,その結果をまとめたものです.彼女の緻密で粘り強い観察でデータを取ることができました.また、北大農学部院生の芳田くんに本種の記載(Yoshida et al.2011)と長期間に渡り原稿の意見を交換をしました。Face bookにも簡単に書きましたが、ブログにも研究の経過を書いてみます。

本種Apsilops japonicusを京都市深泥池で発見したのは1979年の夏だったと思う。当時院生として深泥池の学術調査に参加し,池にゴムボートを浮かべ、ミズメイガ類の個体群動態を調査していた。虫のことを何も知らない私を当時ミズメイガ類の系統分類を研究されていた吉安先生に手ほどきを受けながら調査を進めていた。スイレン科の浮葉植物ヒメコウホネを食害するミドロミズメイガ(メイガ科)を発見し(この蛾も未記載)、幼虫を飼育中に黒色の中型のヒメバチApsilops sp.(種名不明)をシャーレの中に発見した。これがこの蜂との出会いであった。おそらく水中のヒメコウホネ葉柄に穿孔するミドロの成熟幼虫か蛹に寄生すると思われた。しかし、詳細は不明のまま30年以上が過ぎ去った。1996年以降ヒメコウホネの繁殖生態などの野外の研究を兵庫県社町のため池で野外調査を再開し、その池でも本種を見かけ気になる昆虫だった。そして2009年当時卒業論文のテーマとして神戸女学院大学人間科学部平山智子さんと共同研究としてこの蜂の生活史と寄主探索行動を研究することになった.寄生蜂の研究経験がなかったが,寄主側の知識は豊富にあること,水中の行動を野外の観察だけでは十分なデータを取ることは無理であると判断し,実験室における水槽を用いた実験が必要と考えていた.彼女はぼくの考えている意図を十分理解し,5月から毎週三田市北部のため池に車で通い,観察と成虫と寄主の採集を行った.採集した両者は大学の実験室の水槽に設置し,寄主が存在すると思われる葉柄,寄主の若齢幼虫が潜葉している浮葉,新葉の3タイプを水底に固定し,蜂を放し,3タイプの葉のどの浮葉から潜水し探索するか観察した.つまり潜水前に蜂は何らかのcue(手がかり)をもとに潜水するのではないか,寄主の食痕のない新葉には潜水しないのでないかと考えた.しばらくすると蜂の潜水は観察できたが,蜂の行動は太陽の運動に影響され,どうやら浮葉のタイプに影響されて行動しているのでないことに気づいた.そこで日光の入らない研究室で実験を行いった.平山さんは行動をビデオカメラで撮影し,根気よく撮影された動画から1実験当たりの蜂の潜水回数,潜水時間,寄主探索回数,潜水した浮葉のタイプなどを数値化してくれた.
 一方池で寄主のステージなどをイ調べるため,定期的に浮葉の刈り取りを行ったが,寄生された浮葉が,8月中旬までほとんど発見できずややあせりを感じていた.この年は冷夏で寄主の発生が例年よりかなり遅かったようだ,そして8月末から9月上旬にかけての刈り取った浮葉を持ち帰り,いくつかの寄生された寄主を葉柄中から発見できた.その結果,本種はsolitary ectoparasitoid(寄主に1個の卵を産み付け,外部寄生する)であり,idiobiont(食い殺し)の寄生蜂であること,寄主のステージは予想通り葉柄中の蛹もしくは成熟幼虫であることが分かった.また成虫越冬であることが寄主の生活史から予想された.
水槽の観察から蜂は潜水の際,触覚を後ろに向けて,葉柄伝いに気泡をつけて歩いて潜水すること,潜水後多くの蜂は葉柄を歩かず,体を泳がずに浮き上がるように水面に浮上した.つまり渓流に生息するトビケラに寄生する同じヒメバチ科のミズバチ同様水中で泳がないことが分かった(Elliott 1983).

しかし,実験データからは予想に反して,蜂は寄主の存在しない新葉,寄主に適さない小型の
寄主しか存在しない潜葉のみからも潜水することが分かった.寄生蜂は寄主の利用する食害された植物の発する化学物質,視覚,音響などを手掛かりに寄主を探索すると言われる.しかし,この蜂は潜水前に寄主の手がかりなしでランダムに潜水し,産卵管で葉柄を探索し,産卵していると推定した.これは先ほど紹介したミズバチを観察したElliottも指摘している.しかし投稿時,査読のレフェリーは手がかりもなしに蜂が潜水することはない,と厳しく批判された.しかし,寄主のミズメイガが利用するヒメコウホネの浮葉の平均寿命は他の陸生植物と比べると極端に短く(約30日),寄主は1枚の浮葉では成長できず,水面を移動して数枚の浮葉を利用して羽化する.木本性の葉を利用する葉潜り虫の多くは1枚の葉で生活史を完結するとされ,それとは大きく異なる.つまり浮葉に食害があっても寄主の手がかりにならないことを丁寧に説明した.最終的に編集長は理解してくれたようだ.しかし,今回の考察もまだ仮説の段階であり詳細な研究が進めばまた変更もありうるかもしれない.
 
今回の投稿で感謝すべきは,編集長のPolaszek博士が勤務する自然史博物館の同僚で寄生蜂の系統分類を中心に研究するGavin Broad博士を「彼が原稿の英語を直してくれるよ」と紹介してくれたことだった.彼に原稿を送ると,急に送られてきた原稿に最初は当惑したようだが,彼はユーモアを解する人のようで「この原稿がぼくの所に送られてきたのはミステリーだ」とメイルに記していた.しかし内容が面白いと思ってくれたようで「今忙しいので少し時間をくれたらなおすよ」と返事が返ってきた.
1週間後にiPadで真赤に修正されたword原稿が送り返されてきた.本当に彼と彼を紹介してくれた編集長にも感謝したい.彼の修正部分を読むと「なるほどnativeの科学者ならこう書くのか」と思うことが随分多かった.実は3年前の夏に妻と2人でとロンドンに行き,1週間滞在した.その時自然史博物館を訪問し,隣接する研究所Darwin Centreにも立ち寄った.そのとき若手の蜂の研究者が市民向けの社会性の蜂の話をしていた.子供たちが熱心に質問していた.「その研究者はあなたではないか」とメイルで聞くと「手元の日記を見ると,8月のはじめにぼくは市民向けの話をしているよ.」と返事が返ってきた. G.Broadの英語の修正が終わり投稿するとほどなく論文は受理された.このような経験は以前もしたことがある.オランダの水草の国際誌Aquatic Botanyに「ヒメコウホネの繁殖に与える被食と水位の変動」に関する論文を投稿したときだ.編集長のVermaat博士に2回目のminor changeの修正原稿を送付したとき,彼自身が手書きの読みにくい文字で全文を読んで必要な英語を修正し,スキャンしPDFで送り返してくれた.その通りに修正して投稿するとすぐに受理された.幸運だったと思う.推測だが欧米の研究者はアジアの?無名の研究者が,「結構面白い研究論文」を書いたとき「何とかしてやろう」と日本語で言えば「男気」とも言えるものがあるのかもしれないと思った.長年海外勤務を続ける友人に会ったとき聞くと「彼らはそういうところはあると思う」という返事だった.
長々と色々書いたが今回の研究ではここには書ききれない多くの人にお世話になった.また,共著論文を書くという経験もできた.今後に活かしたいと思う.長年の宿題が完成したようでほっとする.