狩蜂と送粉 ノブドウとツチバチの関係について

 

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開花した植物の花の花粉の多くは,昆虫たちによりめしべに運ばれ,受粉し結実する.虫媒花である.とりわけミツバチ,マルハナバチなどのハナバチ(Bee)は,花粉を運ぶ重要な送粉者である.ハチには,ハナバチ以外に,ハバチ,ヒメバチなど寄生バチ,そして獲物を狩るスズメバチアシナガバチなどの狩蜂(Hunting-wasp)などが存在する.この狩蜂と植物との関係は,あまり注目されていなかったが,南アフリカのJohnsonらが,多くの精力的な研究を行い,クモバチ(旧名ベッコウバチ)などと植物の花との特異な関係を明らかにしてきた.今回ドイツの植物学の学術誌Floraにブドウ科ノブドウと狩蜂の関係を研究した論文が掲載された.

 野外で観察していると,多くのスズメバチアシナガバチが訪花する植物がある.例えば校庭に植栽されたトウダイグサ科外来種の樹木ナンキンハゼの花には,初夏に多くの狩蜂が訪れるのを教室から見ることができた.ウコギ科のヤツデの花にも初冬にスズメバチが訪花するのが印象に残っている.彼らは,何をしているのだろうか?蜜を獲得しているだけの盗蜜者なのだろうか?あるいは送粉者として機能しているのだろうかと長年興味をもっていた.六甲山麓の筆者の自宅のフエンスには以前からブドウ科のつる性のノブドウが生育し,初夏に多数の花序を形成し,多数のスズメバチアシナガバチ,ドロバチ,ツチバチなどが訪花していた.そこでこれら狩蜂はノブドウの送粉者として,重要ではないかと考えて2014年,19年に六甲山麓の8地点に調査場所を設定して,開花期間中の6月から7月に訪花昆虫をすべて記録した.また採集し種名を確認するとともに,双眼実態顕微鏡で昆虫の体に付着する花粉存在を調べた.

 その結果,非常に多様な4目    種以上の昆虫が訪花していた.狩蜂はハナバチより個体数は多く,すべての地点でツチバチ科のキオビツチバチの個体数が最も多かった.スズメバチ科のスズメバチアシナガバチ,ドロバチの仲間も個体数は多かったが,体にはほとんど花粉は付着していなかった.多量のノブドウの花粉を体に付着している昆虫は限られていて,ツチバチ科のキオビツチバチ,コハナバチ,ヒメハナバチの仲間であり,これらが有効な送粉者と思われた.また,ツチバチの口吻には多量の花粉が付着しているものが多く,蜜以外に花粉を採餌していることを示していた.ミツバチ(二ホン,セイヨウ)の訪花も多かったが,花粉の付着する個体の割合は多くなく,ツチバチ,コハナバチ,ヒメハナバチに比べて有効な送粉者とは思われなかった.その他,ハエ類の訪花も多かったが,有効な送粉者ではなかった.

つまり,ノブドウは多様な昆虫が訪花するジネラリスト的な花と思われたが,

送粉者としては特定のツチバチ,ハナバチに依存しているようだった.彼らの口吻は,ミツバチなどに比べ,短く短舌型の昆虫である.ノブドウの花は花序を形成する小さな緑色の花が集合し,短舌型の昆虫が容易に蜜を採餌できる形態である. このような花をopen flowerという.短舌型のツチバチ,ハナバチはopen flowerに

機能的に特殊化した昆虫と見なすことができるようだ.しかし,短舌型のスズメバチ科のハチたちの体にはほとんど花粉は付着せず,彼らは,送粉者ではなく,盗蜜者であり,時にコガタスズメバチは,ノブドウの葉を食害するマメコガネを捕食していた.

ノブドウの花は人間の鼻には匂いは感じなかった.つまり彼らは匂いではなく花の色,形態に誘引されているのかもしれない.イギリスのOllertonらはノブドウ同様open flowerをもつウコギ科のアイビーの花(日本で開花は見たことがないが,キヅタがその傾向を示すかもしれない)の重要な送粉者はクロスズメバチの仲間であり,その花には特異な匂いがあるらしい.そして両者は機能的な特殊化を示していると報告している.ノブドウ,アイビーなどの例から緑色の目立たない個花をもつ花序を形成する植物は,短舌型のハナバチとの関係は強くなく,一般には送粉者として認識されていないツチバチ,スズメバチの仲間と強い関係をもっていることを示唆しているようだ.しかし,予想と異なり短舌型のスズメバチ科のハチたちは,ノブドウでは訪花個体数も多かったが送粉者ではなかった.彼らは盗蜜者であるが,植物の食害者の捕食者でもあり,彼らは植物にとって一定の利益があるのかもしれない.