映画 パリ3区の遺産相続人(My Old Lady)

物語はフランス特有の不動産売買制度であるヴィアジェviagerが設定された高級アパートの遺産相続をめぐってはじまる。ヴィアジェとはフランスの一種の年金制度のようなもので、格安で自分の不動産物件を売却するが、購入者は自由に売却できず、もとの所有者が死亡するまで一定額を毎月払い続けることが義務とされ、死亡すると支払いはなくなる。売主が早く死亡すれば、物件を格安で手に入れることができる。もちろん日本ではこんな制度はない。フランス人はなぜこんなものを考えたんだろうと思う。

ニューヨークからパリにやってきた無一文の男(ケヴィン・クラインアメリカ)は、死んだ父が所有していた3区(パリの中心部、セーヌ川より北側)にある高級アパートに到着すると、そこには高齢の女性(マギー・スミス:イギリス)とその娘(クリスティン・スコット・トーマス:イギリス)が住んでいる。男はこのアパートは女性からヴィアジェであることを告げられ、あわてる。男は無一文であり、アパートを売却しようとしていた。そして老婦人がかつて父の不倫関係の恋人であり、彼女にも夫がいたこと、娘は自分の父の子である可能性もあることを知ることになる。男はさらにあわてふためく。男にとって父との関係に長年苦しみ、どうしても愛することのできない父であった。アパートに居住する母、娘は長くパリに住むがイギリス人であり、二人とも英語を教えて生計を立てている。彼らの会話はシニカルで独特のユーモアがありアメリカ人のものではない。物語は舞台劇のように進行してゆく。しかし、パリの街並み、アパートの室内(セットだろう)、アパートの窓から見える庭園は美しい。アメリカ人は(日本人も)パリが好きなんだなと思う。男はアパートを高級ホテルに建て替えようとする業者に売却を考えたが、最後に一転老婦人と娘との和解で終了する。物語は男と死んだ父との葛藤と和解の物語でもある。
3人の役者が好演。3人とも芸達者だ。クリスティン・スコット・トーマスは最近観た映画ではもっとも若々しく美しい。監督はアメリカのイスラエルホロビッツ。ほろ苦い物語を洒落た映画に仕上げている。この監督はひと昔前日本でもヒットした映画「イチゴ白書」の脚本を書いている。どうやら舞台劇を映画化したようだ。彼は結構高齢だろう。名前から予想するとポーランドユダヤ人だろうか。はじめフランス映画と思って観ていたが、主要な役者は英米、監督もアメリカ人という、パリを舞台にしたイギリス、フランス、アメリカの合作映画だ。暑い夏の夜を過ごすため数本借りたビデオの中では秀作だった。写真はパリ、カルチェラタン付近。