司馬遼太郎 国盗り物語

 司馬の作品でエンターテインメントとして面白く読めるものは「竜馬が行く」「新選組血風録」,そして本作だろうか.しかし,全三巻とかなり長い小説だ.司馬もここまで長くなると思っていなかったようだ.前半は京都の油屋であった斉藤道三が美濃を支配し,最後に殺害されるまでを描き,後半は道三の娘婿であり道三の後継者でもある織田信長とその部下であり,また道三に寵愛された知将明智光秀を中心に描かれる.三人の武将は共に殺害される.道三は才能豊かで,芸術にも理解があり,人間的にも優れるが,一介の油商人から天下を狙い,京に上ろうとするが,美濃一国を支配して終わる.人生の時間が足りなかったのだ.信長は,天才的な武将であり,近世への扉を開いた開明的な武将として描かれるが,比叡山を焼き討ちするなど余りにも酷薄で奇矯な人物でもある.それに対して光秀は,芸術を理解し,戦も巧みな,人物のスケールは2人に劣るが,この時代で最も優秀な知識人あるいは知将として描かれる.司馬は前半では道三,後半では光秀に感情移入して描いている.
それにしても戦国時代とは,苛烈な時代だ.当時の武将たちは常に死と隣り合わせの人生を生きている.想像を絶する世界だ.また光秀の娘は盟友の細川藤孝の息子の妻となり,後に細川ガラシャと呼ばれる.細川家は,足利,信長,秀吉,家康の時代を巧みに生き残り,熊本城の城主として明治維新を迎える.その後継者が日本新党の細川首相であるのは,何とも面白いと思う.新潮文庫版の司馬のあとがきの日付は昭和41年6月,今から50年以上前だ.司馬が45歳頃,最もあぶらが乗った時期だろうか.歴史学者奈良本辰也の解説もつき,新潮文庫版はお薦めである.やや長いが興味はつきることがない物語だった.