新書で学ぶ生命科学入門 お勧めの新書

マクロ生物学の一分野の生態学を学び,いくつか野外の研究を行ってきた.しかし,ミクロ生物学についての勉強不足を感じていたので,この2年余り,新書10冊余りを生命科学入門として通勤電車などで読んでみた.自分が概略を知っていることの正確な意味をかなり理解でき,苦手意識を少し克服できた感じがする.そこで新書として出版された生命科学の新書の大まかな感想,コメント,お勧め度を書いてみる.もしこのブログが役立つなら,高校時代入試科目として物理,化学を選択して農学部,理学部などの生物系に進学した学生,院生(かつての自分のことだ),あるいは急に高校などで生物を指導することになった教員に役立つかもしれない.
 

表の新書の選択基準は,遺伝子,発生,細胞内小器官(オルガネラ)について述べたものをタイトルに関わらず選んで読んでみた.どの新書もタイトルに関わらず,前半は生命科学の概論,例えばDNA,染色体の構造,DNAの複製,遺伝子の発現,細胞の構造,酵素などについて平易に記述し,後半に著者の専門領域について述べられているものが多い.おそらく大学での著者の講義がベースになっているのではないかと推測する.これら新書の著者の狙いは勿論後半の専門分野に関わる内容を,高校で基礎的な生物を学んだであろう学生,社会人を対象に平易に語ることである.生命科学入門としてこのような新書を読むとき,他に考えられる方法は高校の生物の教科書を読む方法もある.しかし,数年前に大幅改訂された高校生物の教科書はかなり高度な内容を含み,遊びのない文章で,気軽に読める内容ではない.新書と生物の教科書を併用で読むのは良いかと思う. 

 生命科学概論として平易に分かりやすく書かれたものとしては,最近出版されたゲノム再生の専門家小林武彦著岩波ジュニア新書「寿命はなぜ決まっているのか」だ.「寿命」というタイトルが与えられているが,ジュニア新書という中高校生を対象としているため遺伝子,細胞について平易なことばを使いながら,かなり高度な内容が書かれている.著者の専門は,生物の寿命(老化)であり,酵母菌を用いた著者の研究の紹介,リボソームDNAの遺伝子の劣化が寿命に影響をあたえていることなどを後半に述べられ,進化生物学の視点も含み,興味深かった.タイトルの「寿命」ということば,ジュニア新書であることにこだわらず読めば幅広い層にお役立ち度は結構高いと思う.
新しい内容を平易に述べたものとしてエピジェネテイックスの専門家仲野徹著岩波新書「エピジェネテイックス 新しい生命像をえがく」だろうか.生命科学は苦手だ,しかし,エピジェネテイックスって何だろう,一応知りたいという人にお勧めだろう.このブログの筆者はまさにこれに該当する.
 ウイルスの専門家中屋敷均著講談社現代新書「生命のからくり」は読んでいて面白い本だ.ウイルス,トランスポゾンの専門家である著者が,DNAの2本鎖の複製から,不均衡進化論に依拠しながら生命の進化まで視野に入れて,かなり力を入れて書かれた単なる生命科学の入門書を越えた著者独自の視点で書かれた一冊だ.研究材料のウイルスに対する思い入れも深い.なおこの著者は,最近この続編である新書「ウイルスは生きている」が刊行された.ブルーバックスではなく講談社現代新書から出版されたことから,文系の人も対象にしているようだ.福岡伸一の後継者として出版社から期待されているのだろう.
 その他お勧め度が高いのは岩波新書の細胞生物学の専門家永田和宏著「タンパク質の一生」だろう.この新書も生命科学入門書としても役立つし,細胞タンパク質の役割りについても理解を深めてくれる.やはり筆者のようなものにはお役立ち度は高い.
やや番外編となるが,生命とは何かを考えるとき,ウイルスの存在は欠かすことはできない.講談社ブルーバックスのウイルス専門家武村政春著「巨大ウイルスと第4のドメイン」はウイルス入門書としても読めるし,ウイルスと真核生物,原核生物と対比しながら,第4のドメインの存在を主張し新しい知見を得ることができる内容だ.面白い本だと思う.
新書ではないが並行して昨年読んでいたスウエーデンの進化人類学者スヴアンテ・ペーポ著「ネアンデルタール人は私たちと交配した」(文芸春秋刊)は,古代のネアンデルタール人の化石の塩基配列から現生人類との雑婚を証明した一般向けに書かれた本だ.文句なく面白い本だった.著者の私生活がオープンに語られ,それも好感をもってしまった.著者のおおらかな人柄から来るのだろう.番外編として生命科学入門としてもお勧め度は高い.

ここで述べた内容は,初めにも書いたが,筆者のような生物学は好きだが,ミクロ生物学はどうも苦手だという立場で,書いたものであり,かなりバイアスがかかったものかもしれない.表のお役立ち度はあくまでも筆者のような立場にたって生命科学を学びたい,あるいは学びなおしたいという立場でカウントしたものである.遺伝子と比べてオルガネラについてはもうひとつ関心が薄いのかもしれない.