映画 さざ波 45years

 春先に封切られたとき,見損ねたのでビデオレンタルで観る.見どころは妻役シャーロット・ランプリングの演技だと思い,彼女を注視する.彼女の夫は結婚前に当時恋人の女性とスイスアルプスに行き,恋人は滑落して行方不明になり,消息を絶ち,凍結した遺体が発見されたという,知らせが夫のもとに届く.男は動揺する.彼に連絡があったのは二人が夫婦と偽り,スイスアルプスの山小屋に宿泊届を出したからのようだ.夫はかつてメーカー勤務で,職場では組合の活動家であり,リタイアして10年は経過するだろう.妻は教員を務め,最近リタイアしたようだ.友人夫婦との会話で「サッチャーはフアシストだ」というジョークが出ることから,夫婦とも労働党のコアな支持者なのだろう.二人は郊外の農村地帯に瀟洒な家を構え,子供はいない.二人で余裕のある年金生活を送っていることが伺える.夫婦とも表面的には今の生活に満足している.しかし,遺体発見の突然の手紙が二人に「さざ波」を引き起こす.夫は深夜屋根裏部屋に保管された恋人の古い写真を探し,妻も昼間,屋根裏部屋に上がり,その写真,スライドも見てしまう.映画はその手紙が到着してから,二人の結婚45周年のパーテイがある週末までの数日間の妻の行動,心理描写を中心に描かれる.夫はスイスに向かうことも考えたが結局行かない.まっとうな大人の判断だ.しかし,妻の夫に対する不信は加速度的に深まる.彼女の行動はちょっとしたホラー映画を見るようだ.いや監督の狙いはホラー映画のようなシニアの夫婦の危機を描きたかったのだろう.

夫は今回の手紙の件に関わる自分の行動に,そこまで妻の信頼を損なったことを理解していない.結婚45周年のパーテイでは妻への感謝を真摯に語り,夫婦でダンスをする.妻はダンスの最後に夫から手を振りほどき,物語は終わる.二人は今後何事もなかったかのように装い,毎日を送るだろう.恐ろしいと言えば恐ろしい映画だ.
 シャーロット・ランプリングは,70歳の今も体形は維持され,若々しく美しい.この役は彼女以外に考えられないだろう.数年前にフランソワーズ・オゾン監督の仏映画「まぼろし」「スイミングプール」を偶々観て,彼女の魅力に引き付けられた.イギリスには彼女以外に個性的な女優がいる.テイルダ・スイントンはその筆頭だろうか.アメリカには現れない役者だ.夫役のトム・コートネイも良い味を出している.この二人はともに「リスボンに誘われて」出演している.二人の演技が魅力だが,さり気なく描かれる田園地帯,街の風景も魅力的だ.調べるとロケはイギリス東部の北海に面したノーフォーク周辺で行われたらしい.季節は冬の終わりだろうか.戸外のブナ科の落葉樹の枯葉が枝から落ち切らず残っている.服装を見ていると,それ程寒い気配もなく,花も咲いている.春を迎える前だろうか.早春なのだろう.一度行ってみたくなった.